この記事の要点
- 所得税の壁が178万円に上がっても、「社会保険の壁(106万/130万)」が変わらなければ、手取りが減る「逆転現象」が深刻化します。
- 「もっと働かせたい」経営者には、約15%の社会保険料負担増という新たなコストがのしかかります。
- 「食事手当」や「DX控除」など、税制改正を逆手に取った3つの実務的防衛策を公開します。
「103万円の壁が178万円に引き上げられる!」
このニュースを聞いて、「これでパートさんがもっと働いてくれる、人手不足が解消する」と安堵された経営者様、少し待ってください。
実は、この改正には大きな「落とし穴」があります。
それは、「税金の壁(財務省管轄)」は動いても、「社会保険の壁(厚生労働省管轄)」は動かないかもしれないという、行政の「ねじれ」です。
もし社会保険の壁が据え置かれた場合、あなたの会社は「働きたいのに働けない従業員」と「保険料負担に苦しむ経営」の板挟みになります。
今日は、令和8年度税制改正大綱を踏まえ、経営者が今準備すべき「人手不足対策」と「防衛策」を具体的に解説します。
1. 所得税と社会保険の「ねじれ」が招く悲劇
今回の改正の最大のポイントは、所得税の非課税枠拡大と、社会保険加入要件のズレです。
所得税は178万円までゼロになります。しかし、社会保険(健保・厚生年金)の壁が106万円(または130万円)のままだと、どうなるでしょうか?
- 従業員:106万円を超えて働くと、所得税はゼロでも、約15%の社会保険料が天引きされます。結果、「105万円で寸止めした方が手取りが多い」という逆転現象がより鮮明になります。
- 経営者:「178万円まで働いていいよ」と言って加入させると、会社も同額(約15%)の社会保険料を負担せねばならず、法定福利費が急増します。
つまり、社会保険の壁が動かない限り、実質的な「働き控え」はなくならず、会社のコスト負担だけが増えるリスクがあるのです。
2. 「低単価・長時間」から「高付加価値」への強制シフト
この状況下では、「安い時給で長く働いてもらう」というモデルは崩壊します。
経営戦略を以下のように転換する必要があります。
① 「ROI(投資対効果)」重視の教育へ
社会保険料を払ってでも利益が出るよう、従業員の「時間当たり生産性」を高める教育が必須です。
これまでのような「見て覚えろ」ではなく、短時間で戦力化するマニュアル整備やDXツールの導入に投資すべきです。
② リスキリング支援の活用
改正大綱では、育児や介護による離職を防ぐため、ベビーシッター費用などの支援策も検討されています。
単なる業務教育だけでなく、「社会保険料を払ってでもフルタイムで働くメリット」を感じられる福利厚生の設計が、採用力(エンゲージメント)を左右します。
3. 【実務】今すぐできる3つの防衛策
では、具体的にどうすればいいのか?法的に適正な3つのスキームを提案します。
| 対策 | 狙いと効果 |
|---|---|
| ① 食事支給の 最大活用 |
非課税限度額が月7,500円に拡大されます。これを現物給付として活用すれば、一定の要件下で社会保険料の算定基礎に含めずに実質手取りを増やす設計が可能です。 |
| ② 社内DXによる 控除上乗せ |
電子帳簿保存等により、青色申告特別控除を最大75万円まで活用します。事務コストを下げ、浮いた時間を「売上を作る活動」にシフトさせます。 |
| ③ 生産性向上 設備投資税制 |
即時償却を活用してキャッシュフローを確保し、それを社会保険加入に伴う「正社員化」の原資に充てます。 |
本記事は「令和8年度税制改正大綱」に基づいています。以下の点は現時点で「未定(わからない)」事項であり、今後の厚生労働省の発表を注視する必要があります。
- 社会保険の壁(106万/130万)の基準改定: 税金に合わせて引き上げられるのか、据え置きか。
- 助成金の行方: 現在の「年収の壁・支援強化パッケージ」が、令和8年以降どうなるか。








